2013年6月27日木曜日

VRコンテンツを作る際に知っておきたい3D酔いの話

Oculus Riftの発売によって、多くのゲーム開発者が手軽にVRコンテンツ的なものを制作できるようになった。しかし、ゲーム産業では、ごく一部のアーケードなどのコンテンツ開発者を除くと人間の感覚器や情報伝達の仕組みなどについて学ぶ機会はほとんどないので、私の知っている範囲でざっと書いていこうと思う。

ヘッドマウントディスプレイ(以下HMD)を使ったコンテンツは、容易に激しい酔いを発生させるため注意する必要がある。多くの開発者は経験的にどうすると酔うか、酔わないかというノウハウを持っているが、多くは断片的な知識なので、可能ならば人間の感覚の仕組みについて一通り勉強しておいた方が良い。

一通りの知識を学ぶ上で、以下の書籍はお勧め出来る。
バーチャルリアリティ学

さて、3D酔いに関して、著名な論文として以下のものがある。

VE酔い研究および関連分野における研究の現状
http://intron.kz.tsukuba.ac.jp/tvrsj/3.2/nakagawa/vesick1.html

これは1997年の論文だが、現在も大きく変わってはいない。

3D酔いと一口に言っても、様々な症状が発生する。
医学的には動揺病というらしいが、軽いところから並べると、まずあくび、眠気、だるさなどが発生する。これらは普段なかなか3D酔いの症状としては自覚しにくいので、あまりメジャーではないかも知れない。
次に、冷や汗が出る、血の気が失せて顔面蒼白になる、唾液の量が多くなり、頭痛が発生し、気持ちが悪くなって吐き気を覚えるといった具合だ。
これらは体調不良の典型的な症状とも言える。

感覚としては乗り物酔いと非常に近いのだが、乗り物酔いが終始揺れが発生する状態で起こるのに対し、3D酔いは実際に自分が動いていないのにも関わらず起こるというところが面白いのだが、両者に共通しているのは刺激を受け続けた事によって発生したストレスにより、自律神経に不調が起こるという点だ。

人間は主に視覚、前庭感覚によって自分の移動状態を認識する。
視覚は言うまでもないが、前庭感覚というのは三半規管による回転加速度の感知と、耳石による直線加速度の感知によって与えられる。なお、加速などによって筋肉や内臓などが刺激される事もあるが、酔いの発生には寄与していないという事なのでここでは省略している。

大画面やHMDで動きの大きい映像を視聴した場合、視界の大部分をその映像が占める事になる。上記のように人間は視覚と前庭感覚によって自分の移動を感知しているわけだが、この時は視覚が移動情報をもたらしているにも関わらず、前庭感覚は刺激されない。
このギャップがストレスをもたらすと、上記のように動揺病の症状をもたらすと言われる。
実際、私自身は非常に大規模なシミュレーターで体験した事だが、直径数mのドームが数十メートルという広大な空間を移動し、自動車の運転感覚を再現する装置の稼働を止め、ドームの中で映像だけを眺めたところ、激しい身体動揺が発生し、映像が動いた瞬間に身体が多く揺れたうえに、数秒後に、未だかつて襲われたことがないほど激しい酔いが発生した。
決して解像度の高い映像ではなかったが、360度に実寸で映し出される映像は十分に移動感覚を与えるものだったと言う事だ。その後、装置を稼働させて通常の自動車の運転を体験したが、この時はまったく酔いを感じず、リアルな自動車運転感覚があった。
普段の乗り物酔いの事を思うとやや直感に反するが、視界の大部分を占める映像が移動する場合、自分の足下が一緒に動いていれば酔わないが、動かないと酔うのだ。
おそらくディズニーランドのスターツアーズも、ライドを止めて映像だけ見ると恐ろしいほど酔うはずだ。

なかなかやっかいだと思うのは、これらの酔いが必ず発生するわけでもなく、人や状態によっても違うという事だ。

人間の感覚というのは、経験と予測によって大きく変わる。
多くの人が体験した事があるかと思うが、止まっているエスカレーターの上を歩こうとすると、逆方向に加速を受けたような奇妙な感覚が発生する。これはもちろん、動いているエスカレーターでは発生しないし、通常の階段でも発生しない。例えば止まっているエスカレーターだとしても、エスカレーター特有の形をしておらず、エスカレーターだと気づかなければ発生しないし、もちろんエスカレーターに関して一切の知識がない人がいたらもちろんこの感覚は発生しない。
この感覚は、エスカレーターに乗った瞬間に加速が発生するし、乗っている間は動かなくても等速直線運動が発生するという経験とのずれによって起こる。

また、酔いの症状は自律神経の不調によって起こると書いたが、もともと体調が悪い場合、例えば睡眠不足やアルコール摂取状態の場合、容易に発生するようになる。
逆に、感覚のずれがあってもそれをストレスと感じなければ酔いは発生しないわけだ。例えば我々は普段エスカレーターに乗っても奇妙な感覚を覚えないのは、何度もエスカレーターに乗る事でその感覚が発生する事を予め予測し、ストレスをキャンセルしているからだと言える。

さて、上記の話を前提として、3D酔いを防ぐにはどうしたら酔いだろうか?
3D酔いは慣れによって起こらなくなるが、これは人によって違う。激しく3D酔いを起こした経験によって、HMDを被った時点で気持ちが悪くなってしまうという事も十分起こりえる。

自己移動感覚が発生しない、つまり一カ所に立って見回すだけのコンテンツなら、HMDの応答性が十分あれば3D酔いは発生しにくい。また、自分の移動に合わせて映像世界も動く場合も同様だ。
しかし、これらを頑なに守ると作れるコンテンツが限られてしまう。

視点が移動する場合でも、等速運動を続けるコンテンツの場合、酔いは発生しにくい。これは乗り物酔いに関しても同様の話だ。

また、回転加速度、直線加速度が発生する場合でもこれが十分に小さければ酔いは発生しにくい。元々人間は閾を越えないと加速を感知しない。物理空間上では、人間の加速度感知の閾は0.02G~0.03Gと言われている。これは極めて低い数値なので、非常にゆっくりした動きになってしまいそうだ。
ただし、注意が必要なのは前庭感覚が刺激されなくても不自然ではない閾がこの数値というわけではない、という事だ。
実際にVRコンテンツを作成してHMDでそれを体験させる場合、視野角やテクスチャ解像度、FPSなど様々な条件によって感覚は変わってくる。
実際には移動速度、加速度、回転速度の条件や回転角加速度などが出来るだけ小さい状態から初めて徐々に慣れさせていくなどの対策が必要かも知れない。

結局のところ、これだという答えを簡単に示す事は現状できない。
ただし、上記のように3D酔いの仕組みを理解し、考えていく事によって自分の作ったコンテンツで3D酔いが起こる頻度を減らすためのヒントにはなるはずだ。

2 件のコメント:

  1. >3D酔いは実際に自分が動いているのにも関わらず起こる
    動いてないのにも関わらず、かと思いました。

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    1. ありがとうございます、修正しました!

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